前回の第2部では、ChatGPT Businessを契約しても、登記情報や依頼者情報をすべてAIに入力してよいわけではないという点を整理しました。
この記事は、【AI×個人情報】3部作の第3部です。
第3部では、AIの「知ったかぶり」、つまりハルシネーションと個人情報の関係を整理します。
結論から言えば、土地家屋調査士事務所でAIを安全に使うためには、匿名化・仮名化・抽象化が重要です。
匿名化は、単なる情報漏えい対策ではありません。余計な固有名詞や背景事情を減らすことで、AIの出力を安定させ、ハルシネーションを抑えやすくする実務上の工夫でもあります。
なお、第1部では無料版ChatGPT・Plus・ChatGPT Businessの違いと所内ルール、第2部ではBusiness利用時の情報トリアージについて整理しています。
本記事の前提・免責事項
本記事は、土地家屋調査士事務所における生成AIの安全な業務利用に関する注意喚起を目的としたものです。
記事の作成にあたっては、個人情報保護法、土地家屋調査士法、個人情報保護委員会の資料、OpenAIの公式情報、生成AIに関する研究等を参照していますが、個別事案における法的適法性やAI出力の正確性を保証するものではありません。
具体的な法律問題、紛争対応、個別の個人情報の取り扱いについては、必要に応じて弁護士等の法律専門家、所属会、関係機関の公式見解をご確認ください。
AIの「知ったかぶり」とは何か
AIのハルシネーションとは、簡単に言えば、AIが事実ではないことを、もっともらしく答えてしまう現象です。
土地家屋調査士業務でいえば、次のような出力が問題になります。
- 実際には確認していない境界の根拠を、それらしく説明する
- 存在しない通達や法令名を挙げる
- 事案の前提を勝手に補って結論を出す
- 依頼者や隣地所有者の事情を、入力文から推測して断定する
- 登記情報や測量図の内容を読み間違えたまま、自然な文章でまとめる
AIの怖いところは、間違っていても文章が自然に見えることです。
文章が整っているため、専門知識のない人ほど「正しそう」と感じてしまいます。
そのため、土地家屋調査士事務所でAIを使う場合は、AIに何を入力するかと、AIの出力をどう確認するかをセットで考える必要があります。
個人情報を入れすぎると、なぜハルシネーションが増えやすいのか
AIに依頼者名、隣地所有者名、住所、地番、家庭事情、過去のトラブル、担当者の感情などを大量に入れると、一見、AIは状況を詳しく理解してくれそうに見えます。
しかし、実務では逆効果になることがあります。
理由は、AIにとって、法的判断や文章作成に直接関係しない情報がノイズになるからです。
実際に、無関係な文脈が追加されることで、LLMの問題解決精度が大きく下がることを示した研究もあります。
たとえば、隣地立会の案内文を作るだけなら、必要なのは次の情報です。
- 依頼者側の立場
- 隣地所有者に依頼したい内容
- 立会日時
- 専門用語を避けること
- 丁寧で不安を与えない文体
一方で、隣地所有者の実名、詳細な住所、過去の揉めごとの感情的な経緯、親族関係、資金事情などは、案内文の下書きには不要な場合が多いです。
余計な情報を入れると、AIはその情報を拾って、必要以上に踏み込んだ文章や、事実確認のない推測を混ぜることがあります。
つまり、個人情報を入れすぎることは、情報漏えいリスクだけでなく、AIの出力品質を不安定にするリスクにもつながります。
匿名化は、情報漏えい対策であり、ノイズ削減でもある
土地家屋調査士事務所でAIを使う場合、最も実用的な対策は、情報を匿名化・仮名化・抽象化して入力することです。
具体的には、次のように置き換えます。
このように置き換えると、AIは実名や地名に引っ張られず、依頼者・隣地所有者・対象地・隣接地という役割関係に集中できます。
その結果、情報漏えいリスクを下げながら、出力の確認もしやすくなります。
ただし、匿名化で削ってはいけない情報がある
匿名化は重要ですが、何でも削ればよいわけではありません。
法的判断や実務判断に必要な情報まで削ると、AIは正しい前提で回答できなくなります。
土地家屋調査士業務でAIに相談する場合、次のような情報は、必要に応じて残すべきです。
- 当事者の役割
- 対象地と隣接地の関係
- 地目
- 土地か建物か
- 現況と登記記録の違い
- 分筆・合筆・地積更正・地目変更などの手続類型
- 測量図や公図の有無
- 境界立会済みか未了か
- 当事者間の合意があるかないか
- 不明点・未確認事項
匿名化の目的は、判断に必要な情報を削ることではありません。
目的は、個人や案件を特定できる固有情報を外しつつ、判断に必要な構造を残すことです。
悪い匿名化と良い匿名化
匿名化には、悪い匿名化と良い匿名化があります。
悪い匿名化:必要な前提まで削ってしまう
土地について相談です。AさんとBさんが揉めています。どう説明すればよいですか。
この入力では、AIは何を判断すべきか分かりません。
土地なのか建物なのか、筆界の問題なのか所有権の問題なのか、立会依頼なのか、境界確認書なのか、越境物なのかが不明です。
このような入力では、AIは一般論をそれらしく返すしかありません。
良い匿名化:役割と判断要素を残す
あなたは土地家屋調査士事務所の補助者です。依頼者Aが所有する対象地甲について、隣地所有者Bに境界立会をお願いする案内文を作成してください。対象地甲と隣接地乙の境界確認を目的としています。専門用語を避け、丁寧で不安を与えない文体にしてください。なお、個別の境界判断はせず、立会の趣旨説明にとどめてください。
この入力なら、実名や地番を入れなくても、AIは目的と役割を理解できます。
しかも、「個別の境界判断はしない」と明示しているため、AIが勝手に踏み込んだ結論を出しにくくなります。
AIに渡す情報は「変数表」で管理する
匿名化を事務所内で運用するなら、変数表を作るのが有効です。
AIに入力する前に、案件情報を次のように置き換えます。
この表は、Word、Excel、Googleスプレッドシートなどで作れます。
重要なのは、AIに入力する文章と、実名・実データを対応させる管理表を分けることです。
AIには変数化した内容だけを渡し、最終文書にするときに、事務所内で実名や地番へ戻します。
ハルシネーションを減らすプロンプトの型
匿名化に加えて、AIに回答の範囲と不明点の扱いを明示すると、ハルシネーションを減らしやすくなります。
土地家屋調査士業務で使う場合は、次のような型が有効です。
ハルシネーションを減らす指示文テンプレート
あなたは土地家屋調査士事務所の補助者です。
以下の情報をもとに、【目的】に合う下書きを作成してください。
ただし、入力されていない事実を推測で補わないでください。
境界、権利関係、当事者の合意、法的効果については断定しないでください。
不明点がある場合は、本文に混ぜず、最後に「確認事項」として箇条書きで整理してください。
出力は、①下書き、②確認事項、③人間が照合すべき資料、の順にしてください。
この型を入れておくと、AIが勝手に前提を補って断定することを防ぎやすくなります。
特に、土地家屋調査士業務では、AIに判断させるのではなく、確認事項を出させる使い方が安全です。
匿名化しても、人間確認は省略できない
匿名化をしても、AIの出力をそのまま外部に出してよいわけではありません。
AIが作成した文章は、必ず人間が確認します。
最低限、次の点は確認してください。
- 入力していない事実を勝手に補っていないか
- 境界や権利関係を断定していないか
- 法令名や制度説明に誤りがないか
- 依頼者・隣地所有者・対象地・隣接地の関係が逆になっていないか
- 原資料、登記情報、測量図、立会記録と矛盾していないか
- 相手方に過度な不安や誤解を与える表現になっていないか
- 事務所の従来書式や所長の方針と矛盾していないか
AIは下書き担当です。
調査士・補助者・事務所側が、原資料と照合し、実務上使える文章に直す必要があります。
【第1部〜第3部まとめ】土地家屋調査士のAI活用・3つの鉄則
ここまで3回にわたり、土地家屋調査士事務所がAIを安全に業務利用するための考え方を整理してきました。
- 第1部:無料版・Plus・Businessの違いを理解し、事務所内のAI利用ルールを決める
- 第2部:Businessでも全部入力せず、赤・黄・緑の3色で入力情報を分類する
- 第3部:匿名化・仮名化・抽象化により、情報漏えい対策とハルシネーション抑制を両立する
この3つを守れば、AIを完全に禁止するのではなく、安全に使える範囲を明確にしながら業務効率化することができます。
特に重要なのは、次の運用です。
- AIに入力してよい情報と、入力してはいけない情報を分ける
- 依頼者名、隣地所有者名、地番などは変数化する
- 判断に必要な属性や事実関係は削らない
- AIには下書き・整理・確認事項の抽出を任せる
- 最終判断と外部送信前の確認は人間が行う
第1部・第2部はこちらです。
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AIを安全に使うには、単に「個人情報を入れないでください」と言うだけでは不十分です。
実務では、スタッフが迷わず使えるように、次のようなルールを具体化する必要があります。
- 使ってよいAIサービス
- 使ってよい業務
- 入力してはいけない情報
- 匿名化・変数化のルール
- AI出力を確認する責任者
- 外部送信前のチェック項目
- 事務所テンプレートへの反映方法
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