AIも人も発展途上――土地家屋調査士向け研修で伝える「AIの理想と現実」

AIも人も発展途上――土地家屋調査士向け研修で伝える「AIの理想と現実」

※本記事の事例は、研修や複数の支援先で実際にあった相談をもとに、個人や事務所が特定されないよう内容を再構成しています。

「ChatGPT、ちょっと使ってみたけど、イマイチだったんですよね」
「AIなら、ここまで全部やってくれるんですよね?」

土地家屋調査士会の研修や、事務所へのAI導入支援をしていると、この2つの声をよく聞きます。

一見すると正反対ですが、根っこは同じです。

AIに求めていることと、今のAIにできることの間にギャップがある

そして、そのギャップを埋める「やり方」が抜けているのです。

この記事では、これまでの研修や支援で見てきたことをもとに、確定測量の実務を例にして、

  • AIへの期待と現実のギャップはどこにあるのか
  • なぜ「一気に全部」はうまくいかないのか
  • ギャップを埋めるために、何から始めればよいのか

を整理します。

一つできると、「全部できる」と思ってしまう

AIで何か一つうまくいくと、期待は一気に広がります。
それ自体は自然なことですが、ここに最初の落とし穴があります。

「測量図が読める」=「どんな図面も読める」ではない

座標求積表が印字された地積測量図は、AIでかなり正確に読み取れるようになりました。

すると、「それなら三斜図面も、手書きの図面も、道路台帳も読めるはず」と考えたくなります。

しかし、人から見ればどれも「図面を読む」仕事でも、AIから見ると中身がまったく違う仕事です。
詳しくは後ほど説明しますが、計算で答え合わせができる図面と、できない図面では、読み取りの確実さが大きく変わります

ワンクリックで、全部終わるはず

もう一つよくあるのが、こんなイメージです。

地番を入力する → 謄本・地積測量図を自動で取得 → 管理台帳を作成 → 官民立会い申請書、隣地挨拶状、登記申請書まで一気に完成

一つ一つの作業なら、AIでできるものもあります。
しかし、これらを一気に通すには、資料を取得する仕組み、台帳を管理するアプリ、書類を作るAI、そして人の判断を組み合わせる必要があります。

「AIに一言指示すれば全部終わる」という話ではないのです。

「できないなら使わない」で止まってしまう

期待が大きい分、読めない図面があったり、一気に処理できなかったりすると、「じゃあAIは使えない」と判断してしまう方がいます。

でも、AI導入は100点の万能ツールを手に入れることではありません。80点でも安定して任せられる作業を、一つずつ増やしていくことです。

それでも、理想論は必要だ

ここまで読むと、「AIに期待しすぎるな」という話に聞こえるかもしれません。
でも、私が伝えたいことは逆の話です。

理想形は「ゴールの地図」になる

「地番を入れたら、必要な書類が全部そろう」、これは、AIを業務で使う上での完成形そのものです。

今後、AIが自分で考えて複数の作業をこなす「AIエージェント」が進化すれば、この姿に近づいていくはずです。つまり、目指している方向は間違っていません

むしろ、こうした理想を具体的に描ける人がいるからこそ、事務所として何を目指して積み上げればいいのかが見えてきます。

問題は、一足飛びに行こうとすること

問題になるのは、理想そのものではありません。

私は、今日、いきなりそこへ行こうとすることが問題だと考えています。

理想形から逆算して、「今日できる一歩」に分解する、そうすれば、理想論は強力な設計図になるのです。
その具体的な手順は、記事の後半で紹介します。

AI導入支援の現場で、実際に起きること

ここからは、私がAI導入支援や研修をしていて、実際に感じていることを紹介します。

最初は「AIの使い方」より「仕事の聞き取り」に時間がかかる

事務所への導入支援では、最初に事前アンケートで、スタッフの皆さんのAIへの関心や使い方を把握します。
その上で、事務所に一日入り、実際の業務を見せていただくこともあります。

ここで痛感するのが、何をどう処理しているかが分からないと、AIには何も任せられないということです。

そして、これはコンサルタントの私だけが分かっていても意味がありません。
スタッフご本人が「自分の仕事を説明できないと、AIには頼めない」と気づいた時に、導入はようやく前に進み始めます。

地積測量図が読めると、「どこまで読めますか?」が始まる

調査士会のセミナーでは、毎回、AIによる地積測量図の読み取りを実演しています。
すると、必ずこんな質問が出ます。

「どんな図面まで読めますか?」
「三斜図面は読めませんか?」
「手書きの図面は?」

執筆時点での私の検証結果は、次のとおりです。

図面の種類現状理由
座標求積法で印字された地積測量図実用レベル座標から面積を計算し直して、答え合わせができる

三斜図面

難しい
求積に使った三角形を、AIが順番に特定しにくい。
ヘロンの公式、底辺×高さ、理論値の記入など、
計算方法によって誤差が出るため、答え合わせがしにくい
手書き図面難しい書き手の癖が強いと読み違えやすい

一方で、調査士の皆さんが本当に困っているのは、むしろ三斜図面(計算が合わない、無理に合わせるのが大変)や、手書き図面(薄くて読みにくい、癖字に苦労する)の方だということも、よく分かっています。

現場が一番楽になりたいところと、今のAIが確実にできるところには、まだズレがあるのです。

ただ、こうした質問が次々に出るのは、AIを使って、現場を本気で効率化したいと思っている証拠です。
この期待こそが、AI導入を前に進める原動力になります。

現場で使うと、「出力形式」の壁にぶつかる

また、座標が正しく読めても、「CADにうまく取り込めない」という声が出ることがあります。

原因の多くは、出力形式の指定です。
調査士さんが本当に欲しいのは、CADにそのまま取り込めるSIMAデータです。

ところが、私が検証した時点では、GeminiはSIMA形式での出力が苦手でした(AIの機能は日々変わるため、あくまで執筆時点の状況です)。

ここで考えたいのは、いきなりSIMAを求めるのは、実はかなり高い要求だということです。
私もアプリを使ってSIMAでの出力を試しておりますが、閉合していなかったり、表示形式が違っていたりと、試行錯誤の繰り返しです。

ただ、AIでの読み取りであればCSVなどの形式でダウンロードできるだけでも、座標を一点ずつ手で打ち込むのに比べれば、十分な効率化になります。
「理想の出力」と「今すぐ使える出力」を分けて考えると、AIを使える場面はぐっと増えます。

「9割読める」は、現場では「使えない」になる

「結局全部見直すなら、手で打つのと同じ時間がかかる」

これも、よく聞く声です。

座標の読み取りでは、現場では99%以上の精度が求められます。
もちろん理想は100%ですが、5・6・8・9・0の読み違いなど、現実には難しい面もあります。

ここから分かるのは、現場はAIを「精度の数字」ではなく「確認にかかる手間」で評価しているということです。だからこそ、どの図面ならAIに任せられて、どこを人が確認するのか、という線引きが必要になります。

AI利用のルールがないと、現場が迷う

導入を進めていくと、次のような場面で判断が止まることがあります。

  • どこまでAIに任せていいのか
  • 依頼者や隣地所有者の情報を、AIに入れていいのか
  • このツールは誰が、どう使っていいのか
  • 自動化したい作業が、事務所の今の運用ルールとぶつかる
  • 連絡の量が多く、新しいツールの案内自体が埋もれてしまう

これらは、ツールの性能の問題ではありません。事務所としてのルールが決まっていないことの問題です。

AIを導入するなら、同時に「AI利用のルール」(任せる範囲、入力してよい情報、ツールの使い方、周知の方法)を決めておくことが欠かせません。

「AI利用のルールを作りたいが、何から決めればいいか分からない」という事務所は、お気軽にご相談ください。 → お問い合わせはこちら

人間でも「必要な資料を取って」は難しい

ここで、AIの話を少し離れて、人間同士の仕事の話をします。

「必要な測量図」は一言では決まらない

確定測量のために地積測量図を取得する場合、考えることはたくさんあります。

  • 依頼地だけでなく、隣接地はどこまで取るか
  • 対側地は、どこまでを対側と考えるか
  • 過去の分筆は、どこまでさかのぼるか
  • 隣接地が分筆されていれば、元地番の測量図も必要か
  • 分筆の前後で、同じ測量図を重ねて取得しないためにはどうするか

しかも、目的によって必要な範囲は変わります。

目的必要な測量図の目安
現況測量依頼地と隣接地の最新の地積測量図があれば、おおむね対応できる
確定測量過去の分筆経緯、元地番の測量図、対側地まで含めて調べる必要がある

新人さんに「ここを確定測量するから、必要な測量図を取っておいて」と頼んだら、同じ測量図を何枚も取ってきたり、逆に足りなかったり。そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。

筆者の体験:「必要なとこ取っといて」の洗礼

私自身、苦い経験があります。

名古屋市内の調査士事務所に勤めていた頃、尾張地方での地積測量図の取得や役所調査には慣れていました。

ところが、東三河方面の事務所に入所したすぐ、先輩から地積測量図の取得と役所の過去調査を頼まれた時のことです。取得の手順も、取得する範囲(先輩はかなり広範囲まで座標を取得する主義)も、尾張とはだいぶ違っていました。いわば文化の違いです。

戸惑っていると、先輩からは「なんでこんなのもできないの」という態度を取られました。

いやいや、「必要なとこ取っといて」だけじゃ、指示が曖昧すぎでしょ。

そう思って、どういうパターンで取ればいいのかを聞いてみると、返ってきたのは「それは役所で聞いて」

……そりゃないぜ、先輩。

当時は本当にそう感じていました。
先輩にとっては「当たり前」のことでも、私はその「当たり前」を、まだ誰からも教わっていなかったのです。

100現場あれば、100通りの例外がある

確定測量は、現場が100あれば100通りのやり方があり、イレギュラーはいくらでも出てきます。

現場作業が多いこともあり、職人気質の方も少なくありません。
「この現場ならここまで見る」「この資料なら、もう一つ前までさかのぼる」といった判断が、本人の頭の中にしかないこともよくあります。

本人は普段どおりに仕事をしているだけなので、それが「ルール」だとは意識していません。

AIに仕事を任せようとすると、人間同士では曖昧なまま通っていたこの「暗黙知」が、急に表に出てきます。

AIへの指示は、後輩への指示と同じ

あの先輩の指示を、AIにしていないか?

「必要なとこ取っといて」で伝わらないのは、人間の後輩も、AIも同じです。

AIに仕事を頼む時は、後輩に仕事を引き継ぐつもりで、次のことを伝える必要があります。

  • 何をしてほしいのか
  • なぜ、それが必要なのか
  • どこまでやるのか
  • 何を見て判断するのか
  • 例外があるとしたら、何か
  • 最後に誰が確認するのか

また、新人にいきなり大量の細かい指示を出しても覚えきれないように、AIにも最初から全部を一度に渡すと、うまくいかないことが多くなります。

まず、自分の仕事を言葉にする

AIへの指示がうまく書けない時、原因はAIではなく、自分の判断基準がまだ言葉になっていないことにある場合が少なくありません。

AIはまだ発展途上です。でも、自分の仕事を言葉にするという点では、私たち人間もまた発展途上なのです。

じゃあ、どうする?AI化を進める6つのステップ

では、理想と現実のギャップを、どうやって埋めていけばよいのでしょうか。
私が研修や支援でお伝えしている6つのステップを紹介します。

ステップ1:仕事を小さく分けて、一つずつ指示する

「確定測量の準備をして」ではなく、「この地積測量図から、座標を抜き出して」くらいまで仕事を小さく分けます。

小さな作業で成功したら、次の作業へ進みます。成功する単位をつくることが第一歩です。

ステップ2:AIに学習させる

AIは、こちらが教えないことは覚えてくれません。
うまくいった指示や手順、注意点をまとめておき、毎回AIに渡します。

教えた分だけ、AIは使えるようになります。
毎回ゼロから長い指示を書くのではなく、使える指示を事務所の財産として積み上げていきましょう。

ステップ3:最終目的を必ず伝える

業務の一部だけをAIに任せる場合でも、「何のための作業か」を必ず伝えます。
たとえば同じ「地積測量図の取得」でも、

  • 現況測量のためなら、依頼地と隣接地の最新の測量図で足りることが多い
  • 確定測量のためなら、過去の分筆や元地番の測量図まで調べる必要がある

というように、目的が変われば、正解も変わります
目的を伝えるかどうかで、AIの出す答えの精度はまったく違ってきます。

※地積測量図の取得は一例です。実際に自動で地積測量図の取得をさせようとすると別途ツールが必要で、利用するサービスの規約確認も必要です。

ステップ4:暗黙知をAIに言葉にしてもらう

「そうは言っても、自分の仕事を言葉にするのが難しい」という方は、AIの力を借りましょう。

たとえば、過去の案件の資料一式(依頼時の情報、取得した謄本や測量図、確定測量でそれをどう使ったか、どんな成果品を納品したか)をAIに渡すと、手順や判断のポイントを書き出してくれます。
パターンが多く、それぞれの違いが明確なほど、より深く理解してくれます。

また、隣地の方などに説明している時の内容を、相手の同意を得て録音し、AIに整理させるだけでも、言葉にできていなかった判断基準の一部が見えてきます。
隣地所有者への説明の中で、測量の手順や例外など、案外説明しているものです。

なお、AIに入れてよい情報・入れてはいけない情報については、こちらの記事で整理しています。

ステップ5:AIでできないところは、別の仕組みに任せる

このように、業務全部をAIにやらせる必要はありませんし、現状のAIでは「まだ」すべてを任せることはできません。
ですので、仕事ごとに、得意な担当を割り振ります。

仕事担当
文章の作成、整理、図面の読み取り生成AI
決まった画面操作(資料の取得など)自動操作ツール(RPA)
データの保存、台帳管理業務アプリ
外部サービスとのやり取りシステム連携
専門的な判断、最終確認

そのうえで、AIに任せる範囲を次の3つに分けて考えると、どこから始めればいいかが見えてきます。

区分
今できる座標求積表付きの地積測量図の読み取り、
CSVでの座標出力、挨拶状の下書き、打合せ内容の要約
工夫すればできる官民立会い申請書など定型書類の作成(ひな型を用意する)
まだ難しい答え合わせができない図面の高精度な読み取り、取得範囲の自動判断、全工程の一括処理

どの区分でも、最終確認は必ず人の目で行ってください。

大切なのは、仕事全体が楽になることです。全部をAIでやることが目的ではありません。

ステップ6:積み重ねがAXになる

一つの読み取り、一つのチェック、一つの書類作成、一つの判断基準。
こうした小さなAI化をつないでいくと、やがて仕事のやり方そのものが変わっていきます。

これが、AIによる業務変革、いわゆるAX(AIトランスフォーメーション)です。
AXは、完成したシステムを一度に導入することではなく、AIを使える形へ仕事を整理していく過程そのものだと、私は考えています。

土地家屋調査士会・登記事務所向けのAI研修・講演も行っています。

この記事で紹介した「AIの理想と現実」「AIへの指示の出し方」「AIと人の役割分担」「安全な運用」などを、土地家屋調査士の実務例や実演を交えてお伝えしています。

土地家屋調査士・登記事務所向けAI研修・講演の内容を見る

まとめ:AIも人も発展途上

AIには、まだできないことがあります。三斜図面や手書き図面のように、現場が一番困っているところほど、まだ難しいのが現実です。
ただ、今日できないことが、来年にはできるようになっているかもしれません。

一方で、人間の側にも、言葉になっていない仕事や、担当者ごとに違う手順がたくさんあります。

だからAI導入は、AIが完成するのを待つことでも、仕事を丸ごとAIに渡すことでもありません。

理想形を描く人がいて、そこから逆算して一歩ずつ積み上げる仕組みがある。その両方がそろった時に、AIは現場に定着していきます。

「使ってみたけど、イマイチだった」は、終わりではなくスタート地点です。
AIも人も発展途上。だからこそ、一気に完成させようとせず、一つずつ進めていきましょう。

「自分の事務所では、どこからAI化すればいいのか分からない」 「やりたいことはあるけれど、ChatGPTだけでできるのか、アプリやRPAが必要なのか分からない」

登記サムライドットコムでは、土地家屋調査士事務所の実際の業務を確認しながら、AIに任せられる部分、人が確認すべき部分、別の仕組みが必要な部分を整理するAI導入支援を行っています。

最初から「全部自動化」を目指す必要はありません。まずは一つの業務から、実際に使える形へ整理していきましょう。

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