前回の記事では、業務でChatGPTを使うなら「無料版はNG、Businessプランが必須」という契約のお話をしました。
では、Businessプランを契約し、DPA(データ処理契約)も締結されている状態なら、手元の資料を片っ端からAIに放り込んでも良いのでしょうか?
- 「学習されない契約なんだから、依頼者の名簿も全部入れていいだろう」
- 「登記情報は誰でも取れる公開情報だから、何も気にせず貼り付けていいだろう」
もしそう考えているとしたら、その運用は危険です。
結論から申し上げます。たとえ有料版であっても、入力して良い情報と悪い情報があります。
契約が鉄壁でも、運用がザルでは意味がありません。
今回は、土地家屋調査士が守るべき個人情報の「3色トリアージ(選別基準)」について解説します。
【本記事の免責事項】
本記事は、AIの安全な業務利用に関する注意喚起を目的としており、AIコンサルティング事業を行う「登記サムライドットコム(AIの杜さいた)」としての見解および調査結果に基づくものです。
記事の作成にあたっては、個人情報保護法、土地家屋調査士法、および関連ガイドライン等を慎重に参照しておりますが、個別の事案における法的な適法性や判断を保証するものではありません。
具体的な法律問題や紛争解決、および個別の個人情報の取り扱いに関する最終的な判断につきましては、弁護士等の法律専門家にご相談いただくか、各所属会の公式見解をご参照ください。
1. なぜ「使い分け」が必要なのか?(法的根拠)
「業務での利用を前提とした契約で守られているのに、なぜAI(ChatGPT)に個人情報入れてはいけないのか?」
この疑問に対し、2つの根拠を提示します。
① 個人情報保護法 第23条(安全管理措置)
個人情報の保護に関する法律 第23条
個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
引用:e-GOV法令検索 個人情報の保護に関する法律 より引用
ChatGPTなどのクラウドサービスを利用するということは、自社のサーバーの外にデータを持ち出すことです。
たとえ契約上安全であっても、サイバー攻撃やアカウントの乗っ取りリスクはゼロではありません。
AIに業務上知り得た情報をアップロードするといった、「必要のない個人データを、わざわざ外部のリスクにさらす行為」は、安全管理措置として不適切(過剰なリスクテイク)とみなされるおそれがあります。
② 「利用目的の達成に必要な範囲」の原則
また、個人情報保護委員会は、生成AIの利用に関して以下のような注意喚起を行っています。
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」
「個人情報取扱事業者が生成 AI サービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること」
引用:個人情報保護委員会HP 生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等
「(1) 個人情報取扱事業者における注意点①」より引用
これを土地家屋調査士業務に置き換えてみましょう。
例えば、「隣地所有者への挨拶状」をAIに書かせたいとします。
- AIに必要な情報: 「境界立会いのお願いであること」「日時」「丁寧なトーン」
- AIに不要な情報: 「隣地所有者 山田太郎という実名」
AIは「山田太郎」という固有名詞がなくても、「〇〇様」としても挨拶状の雛形を作成できます。
つまり、実名を入力することは「利用目的(挨拶状作成)の達成に必要な範囲」を超えているとも考えられます。
安全側に考えるならば、挨拶状に山田太郎さんの名前を入れずに挨拶状を作るのが良いでしょう。
記事を読んで「AIの個人情報、ウチは大丈夫?」と思った先生へ
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2. 実践!情報の「3色トリアージ」基準
では、現場で何をどう判断すればいいのか?
医療現場のトリアージになぞらえて、情報を「赤・黄・緑」(信号機)の3色に分類しました。
この基準を事務所のルールとして採用してみてください。
🔴【赤】レッドゾーン:入力絶対禁止
たとえBusinessプランであっても、以下のようなレッドゾーンの情報は絶対に入力してはいけません。
対象情報
- 要配慮個人情報(個人情報の保護に関する法律法第2条第3項):病歴、犯罪歴、障害の有無など。
- 高度なプライバシー情報:隣人トラブルの感情的な詳細、家庭の事情、係争中のセンシティブな内容。
- 認証情報:ID、パスワード、クレジットカード番号、登記識別情報(パスワード部分)。
入力してはいけない理由
万が一漏えいした際の被害が甚大であり、AIに処理させるメリットがリスクを上回らないためです。
また、OpenAIの「使用ポリシー」においても、個人の権利を侵害するような利用や、機微な情報の収集は制限されています。
実務でのNGパターン
- ×「隣人の山田太郎氏は認知症の疑いがあり、話が通じないため対策を考えて」と入力する。
- × 登記識別情報のPDFをそのまま読み込ませてOCR処理(文字の読み取り)をさせる。
- ×「名古屋市中村区〇〇の土地は現在、銀行と任意売却の打ち合わせをしている、ことを隣地リストに追記しておいて」と入力する
🟡【黄】イエローゾーン:匿名化・加工して入力
ここが最も重要です。
通常の業務で扱う個人情報は、ここで止める必要があります。
対象情報
- 依頼者の氏名、住所、電話番号。
- 隣接地所有者の氏名。
- 個別の紛争における具体的な固有名詞(地名など)。
対応ルール:マスキング(黒塗り)または仮名化
- NG: 「さいたま市浦和区〇〇の山田太郎さんの土地について…」
- OK: 「対象地甲の依頼者Aの土地について…」
理由
「データ最小化の原則」です。
業務遂行に不要な個人データは、そもそも外部に出さないのがセキュリティの基本です。
AIの回答精度において、具体的な「氏名」は重要ではありません。
AIで送付状を作成する際、「依頼者」「隣地所有者」という役割(ロール)さえ伝われば十分なので、依頼者・隣地所有者の住所・氏名・電話番号などを入力することは、前述した「利用目的の達成に必要な範囲」と言い張るのは難しいでしょう。
🟢【緑】グリーンゾーン:そのまま入力OK(ただし注意あり)
ChatGPTBusinessプランには、OpenAI サービス契約(Service Terms)・DPA(データ処理契約)が適用されており、OpenAI社の機密保持義務が明記されています。
※無料プラン及び有料版のChatGPT Plusプランに適用されるのは利用規約に過ぎず、OpenAI社の機密保持義務は書かれておりません
そのため、Businessプラン以上であれば個人情報保護法の適正な委託先として、AI処理に必要な情報(登記情報)をアップロードすることが可能です。
しかし、「登記情報」の扱いには特段の注意が必要です。
対象情報
- 登記情報(単体): 登記事項証明書、公図、地積測量図などのPDFデータ。
- 法令・判例・先例: 公知の事実。
- 自然物・客観事実: 土地の形状、測量データ(座標値のみ)。
【重要】登記情報の「目的外利用」に注意
「登記情報は誰でも取れるから、どう使ってもいい」わけではありません。
個人情報保護委員会も以下のように明確に回答しています。
【個人情報保護委員会 FAQ(利用目的の特定)】
Q2-4. 登記簿等を閲覧して個人情報を取得する場合も利用目的の特定が必要ですか。
A2-4. 登記簿等により公開されているものでも個人情報であることに変わりはなく、それを取得する場合には利用目的の特定が必要です。
引用:個人情報保護委員会HP 登記簿等を閲覧して個人情報を取得する場合も利用目的の特定が必要ですか。 より
土地家屋調査士は、依頼者からの委任に基づき、「調査・測量・登記申請」という特定された利用目的のために登記情報を取得しています。
したがって、AIに入力する場合も、その目的の範囲内(=業務の遂行に必要な処理)でなければなりません。
✅ 良いパターン(業務委託としての利用)
- OCR処理: PDFの登記情報を読み込ませ、「地積」や「所有者」をテキストデータ化する。
- 要約・分析: 甲区・乙区が複雑な登記情報を読み込ませ、「現在の権利関係を時系列で整理して」と指示する。
- 図面読取: 地積測量図を読み込ませ、座標値を抽出する(※AIの精度検証は必須)。
- 理由: これらは「調査・申請業務」を効率化するための正当なデータ処理(委託)と言えるでしょう。
❌ ダメなパターン(目的外利用・プライバシー侵害)
- ブログ記事作成: 「この登記情報(実名入り)をネタに、面白いブログ記事を書いて」
- → 目的外利用であり、依頼者の信頼を損なう行為です。
- 興味本位の分析: 業務と無関係な有名人の登記情報を読み込ませて分析させる。
- → 倫理的に問題があります。
- コンテキスト(文脈)の付加:
- 登記情報単体はOKでも、「この土地の所有者A氏は、現在金銭トラブルを抱えており…」といった、調査士しか知り得ない「調査過程の秘密(文脈)」を付け加えた瞬間、それは「青」から「赤」に変わります。
結論:AIに入力するのは、あくまで「データ処理」として必要な登記情報だけに留め、余計な背景事情(秘密)を書き加えないことが鉄則です。
【対応表】AI入力情報のトリアージ対応表
これまでの分類をまとめると、以下のようになります。
| ゾーン | 具体例 | 対応アクション | Businessプランの場合 |
| 🔴 赤 (Red) 絶対禁止 | ・要配慮個人情報(病歴等) ・高度なプライバシー(トラブル詳細) ・認証情報(パスワード) | 入力しない (AI処理を諦める) | × 不可 |
| 🟡 黄 (Yellow) 要加工 | ・依頼者の氏名、住所、電話番号 ・隣地所有者の氏名 ・特定の地番(文脈による) | 匿名化・仮名化 (A氏、甲土地に置換) | ○ 可 |
| 🟢 緑 (Green) 入力OK | ・登記情報(データ単体) ・公図、地積測量図 ・法令、一般論 | そのまま入力 ※目的外利用に注意 | ◎ 推奨 (無料版はNG) |
3. 「匿名化」は面倒? それでもAIを使うべき理由
「いちいちAさんとか書き換えるのが面倒くさい。Wordの差し込み印刷でやった方が早いのでは?」
そう思われるかもしれません。
確かに、単に「決まった文章に名前を入れるだけ」の単純作業なら、既存のツールの方が早い場合もあります。
しかし、AI(ChatGPT)を使う真の価値は、「単なる穴埋め」ではなく、より早く・質の高い「文脈(コンテキスト)の生成」にあります。
理由①:状況に応じた「配慮」の生成
Wordの差し込み印刷は「定型文」しか作れませんが、AIは「相手や状況に応じたバリエーション」を無限に生成できます。
- 例A: 「{隣地所有者}は高齢なので、専門用語を使わず、読みやすく優しい表現で、境界確認の重要性を伝えて」
- 例B: 「{隣地所有者}とは過去にトラブルがあったので、感情を逆なでしない事務的なトーンで、かつ法的な根拠(不動産登記法第〇条)はしっかり入れて」
このように、匿名化した変数(プレースホルダー)を使いながらも、人間の機微に触れる「配慮」を実装できるのがAIの強みです。
理由②:プロンプトの「資産化」
「{依頼者}」「{対象地}」といった変数を使ったプロンプトは、特定の事件に依存しないため、事務所の資産(テンプレート)として蓄積できます。
一度「完璧な挨拶状を作るプロンプト」を作ってしまえば、新人が入ったときでも、ベテラン調査士と同じ品質・同じ配慮レベルの文章を作成させることが可能になります。
理由③:ハルシネーション(嘘)の防止
実は、匿名化はAIの精度向上にも寄与します。
AIは具体的な数字や固有名詞に引っ張られ、もっともらしい嘘(ハルシネーション)をつくことがあります。
情報を「記号(A, B, 甲, 乙)」に抽象化することで、AIは論理構造の処理に集中でき、結果としてミスが減ります。
4. 推奨の運用フロー(まとめ)
明日からの実務は、以下の3ステップを標準にしてください。
- 【STEP 1】原則(Yellow):プロンプトを書くときは、反射的に固有名詞を「A氏」「甲土地」に置き換える(匿名化)。
- 【STEP 2】例外(Blue):登記情報のPDF読込やOCR処理など、「そのデータ自体」を処理させたい場合のみ、Businessプラン環境下で、他の機微情報(Red)と混ぜずに処理させる。
- 【STEP 3】仕上げ:AIが生成した文章(「A様、ご連絡ありがとうございます」)をWordに貼り付けた後、Wordの置換機能で一括して実名に戻す。
セキュリティを守ることは、依頼者を守ること。
そして、調査士としての責任を果たすことにもつながります。

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実務のプロに相談して見直しませんか?
「どこまで情報を入れて良いか悩んでいる」「設定が合っているか不安」
調査士事務所15年の実務経験を持つAIコンサルタントが、
貴事務所の状況に合わせてアドバイスいたします。
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次回予告
第3回:AIの「知ったかぶり」と個人情報。「匿名化」が最強のハルシネーション対策になる理由
「AIが嘘をつく」現象、いわゆるハルシネーション。
実はこれ、「余計な個人情報(実名や地名などのノイズ)」を入力することが引き金になっているケースが多いのをご存知ですか?
- 実名を入れるとなぜAIは混乱し、嘘をつきやすくなるのか?
- セキュリティ対策としての「匿名化」が、結果的に回答精度を爆上げする技術的メカニズム。
- コンサルタントが実践している「AIの嘘を見抜く」検証フロー。
次回は、法的な責任論ではなく、AIの技術的な特性(クセ)から見た、安全で賢い付き合い方を解説します。
前回(第1部)
前回(第1部)では、無料版ChatGPTのリスク、調査士が選ぶべきプランについて詳しく解説しています。